2005年07月15日

1998年の京都旅行 2日目

4月10日、昨日の雨が嘘のような晴天。

まず桜を堪能しょうと原谷へ。

ホテル近くでバスを待っていてキョロキョロ町並みを眺めていて…
「あっ!ばったり床几を発見っ」古い商家の店先に“ばったり床几”がありました。京都では“アゲ見世”というのかな?商家の店先に設けられた収納ができる縁台のことです。昼間はばったり床几をだして商品を並べて夜は壁に収納して戸にもなっちゃうという。でも…この商家なんか違和感が…。

妹「ペンキ塗っちゃっているんだよ。油じゃなくて。」
私「あっホントだ。」
さっきから感じていた違和感はこれだったのか。商家の壁板がペンキでつやつやしていたからか。つやつやしている方がキレイだけど長い年月太陽の光りや風雨にさらされた渋い壁板のほうが私は好きです。そのうちバスがやってきました。


四条大宮のバス停で学生らしきぴちぴちの若者たちがたくさん
のってきました。
「そうか、今日は平日だもんな」日常を過ごす彼等と非日常を過ごす
私たちをのせたバスは快調に走る。

わら天神で下車。ここでM1系のバスに乗り換えるのですが
そのM1系のバスが止まるバス停がない…。
京都のバス停って同じ名前のバス停がいっぱいあるのでよく迷うのですっ
乗り慣れていないから。
でもすぐに見つけることができて原谷へ。

原谷の桜の美しさについては、もう何も申すまい!というかんじです。
その美しさに姉妹そろって口を開けたまま暫しボーゼン。
枝垂れ桜のピンク色とピーカンの青空が春のコントラストを決めて
いました。が、気温は初夏のようで暑い。

hara.jpg

再び、わら天神へ。
さてここからは健脚街歩きコースとなります。
午後には平野神社のお祭を見る予定なのですが、それまでにはまだ
だいぶ時間があるので近所を散策します。

わら天神前交差点を千本通りの方に向かいます。途中、寺之内橋を渡りました。
この下を流れているのが紙屋川なのですね。私が生まれてはじめて
ダウンロードをしたのが京都フォーラムのデータライブラリに
あった「雪の紙屋川」の写真だったのです。嬉しくてデスクトップピクチャに
していたりしました。実際の紙屋川は生活の身近にある川という感じでした。

引接寺で閻魔様に挨拶をして釘抜地蔵へ。

以前、この釘抜地蔵さんに来た時におばあちゃんに「ゆっくり休んでいきなさい」ってお茶をごちそうになったんです。嬉しかったです。しかも今回も声をかけていただいたのです。境内は掃き清められているし、居心地がよいし、お尻に根が生えそうでした。

「五辻の昆布」でお土産をゲット。そして「とようけ茶屋」でお昼を頂きました。この日は暑かったので冷奴御前おいしかったです。平野神社で行列を見物しました。
行列は花山車あり、神輿あり、稚児行列、織り姫さんあり、オープンカーありの
華やかなものでした。

若い綺麗な女の子や男の子からおじちゃん、おばちゃんまでたくさん参加されてて、
皆さん近所の方なのでしょうか?「写真を撮らせて下さい」と頼むと、
弓を射るポーズをとってくれるおちゃめなおじさんと妹は一緒に写真を撮りました。

平野神社の桜はもうだいぶ散っていて花吹雪のなかでの行列でした。

kitano.jpg

北野天満宮の東門の近くにあるシフォンの美味しい喫茶店で休憩。

ふたたび健脚街歩きコースへもどります。
平野神社から「とようけ茶屋」のほうへ向かってUターンするように歩きます。
ガソリンスタンドの横を曲がって、商店街に入ると大将軍八神社があります。
ガイドブックよると「大将軍とは方位の神様のこと。各方角の守護のため都の
四方に祀れている。そのひとつのこの八神社は鬼門同様に恐れられている北西の守りを担うそうです。百数体の大将軍像が伝えられておりそのすべてで夜空の
星図を表現しているという」

商店街を歩きます。驚いた事に歩いても歩いても商店街が続いている。

ここでカメラのフイルムがなくなってしまったので近くの商店で購入。そのお店の店番のおばちゃんが京都弁で
「どこからきはったん?」
「茨城です。関東の。」
「卒業したはるの?」
「……………」
いくらなんでも卒業旅行とはサービスしすぎだょぉおばちゃん~もう何年も昔に学生ではなくなりました(笑)店の外にいた妹は「何を卒業したんだよ」といって大笑いしていた。


私の自宅近くには商店街がないんです。ショッピングセンターばかりの田舎なんですね。商店街というのはあったかくてその土地の匂いがしていいです。

京都の昔ながらの住宅地を歩いていて思った事二つ
(1)鉢植えが好きだ。
ちょっとしたスペースがあると鉢植えの花がおいてある。
東京の下町も鉢植えが多くて、それが下町風情となっています。
(2)車庫入れうまいなぁ
「どうやってこの車ここにとめたんだ」と運転手に聞きたくなってしまうこと
何回も有。私には無理だ。

そして晴明神社・一条戻り橋に到着
ここまで歩いてくるのに体力の大半を消耗してしまう。喜んでいるのは
妹のピカチュウ(万歩計になっているやつ)だけ。
一条戻り橋は久しぶりに来たらキレイになっていました。

『源平盛衰記』に平徳子が懐妊したときに、その胎児の性別が知りたい
平徳子の母、二位尼が戻り橋で橋占いをするシーンがでてきます。
平徳子は高倉天皇の后。だからせっかく入内させた娘に男子が
どうしても欲しかったのでしょうね。もちろん清盛も。

さて二位尼が戻橋で性別が知りたいと念じていると14.5才の
禿頭の男の子が12人西から東へ走り手を叩きながらこう言いました。

「榻(シジ)は何榻、国王の榻、八重の潮路の波の寄榻」

このとき生まれたのが、壇の浦で悲惨な最期を迎える安徳天皇。
「八重の潮路の波の寄榻」が安徳帝の最期を予感させて恐いなぁ
12人の禿頭の男の子というのは…晴明ファンならご承知の式神です。

戻り橋の向かいにあるコンビニで苺とバニラのソフトを食べようと
思ったらなかった…。あれって、地域限定ものだったのかな。
でも、バニラのソフトはしっかりゲットして、ひと休み。
北野天満宮でシフォンを食べた事など、ものともしない二人。

ここでの話し合いで北山で買い物がしたい。ということになりました。

今出川通りにでてまた歩く。背中に西日がちりちりあたって暑い。
「さすが京都。今、自分が東に向かって歩いている事が、身をもってわかるね。」
なんて会話をしながら、地下鉄に乗り鞍馬口駅で途中下車。
北山へは真直ぐいかずに寄り道。私は旅行の計画はきちっとたてるタイプですが、寄り道、ハプニング歓迎。計画通りにいかなくてもそれで良いの。

上御霊神社へ
「怨霊を鎮め、災いなくす御霊信仰発祥の地」です。
私は早良親王に興味があって何度か訪れています。

門をくぐると涼しい夕暮れの風が吹いて来て、
すーっと肩の力が抜けていくようです。
お参りを済ませてから絵馬堂の下に置かれた縁台で休憩。隣の縁台には5.6人の
小学生がみんなでおしゃべりをしながら楽しそうにお菓子を食べています。
リーダー格らしき女の子がひとりいて、その子が完全にその場を
仕切っていて、紙コップを配り、ジュースも飲みなよと言い、
お菓子ももっと食べなよと言い、そろそろ遊ぼうと言い
食べたお菓子はそのピンクの袋にひとまとめにしておいて大丈夫
だと言い、それがかわいくて、ほほえましくて、楽しそうで、
仲間に入りたくなりました。

私も小さい頃は、近所の子とよく集まって遊んだ。そこから学ぶ事も
多かったように、今になって思います。

小泉八雲が日本に来て聖域である寺や神社の境内で子供達が遊んで
いるのに驚いたと言っています。しかもお堂で赤ん坊のおむつを替えている
母親までいる。八雲が驚いた子供達が遊ぶ風景を、
私もいま目にしているのですね。

また、地下鉄にのり北山へ
北山は大好き。雑貨屋さんめぐりをして夕食をとり、またケーキを買いホテルへ。
私はお酒を買ってホテルで「五辻の昆布」で買った昆布を肴に
飲んでしまった。お土産の他に酒の肴用の昆布も買っていたのでした。
だって肴にしたら美味しそうだったんだもん。
でも、常磐線のおやじみたいだな。←常磐線利用者限定ネタ
posted by hiromi at 00:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 1998年の京都旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Weblog: 京都探索どっとこむ
Tracked: 2007-07-29 02:28
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