2005年08月07日

1998年の京都旅行 3日目(5)

以下の説明は「エキゾチック京都・左方郁子(著)」を参考にしました。



12世紀の末、鎌倉時代の臨済の禅僧栄西は2度入宗しているが、その当時、宗で流行っていた茶と喫茶の法を日本に持ち帰った。



明恵は禅要を究めるために、建仁寺を開創した栄西を訪ねたことが機縁となり、栄西から明恵上人に五粒の茶の実が贈られました。五粒の茶の実は、この栂尾の地にまかれ、大切に育てられやがて栂尾茶として珍重されるようになりました。この栂尾茶はのちに宇治に移植され、喫茶の風習が広まるにつれ、大和、伊賀、駿河などでも栽培されるようになるのです。つまりこの石水院の横にある茶畑が日本のお茶の発祥の地なのです。



私の頭に京都に来る途中、新幹線の車窓から見た、雨にぬれた静岡の茶畑の風景がよみがえりました。あの、お茶が……。



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1998年の京都旅行 3日目(4)

後鳥羽上皇の学問所を移して明恵上人が住房とした石水院は住宅建築の傑作といわれています。



参道は途中石灯籠のあたりから菱形の石畳になっています。この菱形の石畳は真直ぐに山に吸い込まれるように奥に続いています。石畳の上を進むと杉の木に囲まれるようになり、幽玄な神秘的な雰囲気です。杉の木の間から日が所々差し込んでいて、深呼吸すると水にぬれた木の匂いが身体じゅうに染み込んでくるようです。



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2005年07月31日

1998年の京都旅行 3日目(4)



街道の両側の民家は山の急な斜面に添うように建ち、道路から玄関までのアプローチが階段になっている家が多いようにおもいました。

その階段に腰をおろしておしゃべりに興じるお婆ちゃんをみて「私たちってあれくらいの年になっても二人で元気に京都を旅していそうだよね。」「きんさん、ぎんさんみたいに」その頃京都はどんな京都になっているのでしょうか…。



白雲橋を渡り、カーブを勢いよく曲がってくる車に怒り半分、怯え半分の心境で

歩いていくと高山寺の入り口が見えて来ました。



  
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1998年の京都旅行 3日目(3)

建治年間(1275-78)に自性上人が中興したお寺です。

拝観できるのは秋のみのようなので境内を散策します。

手の行き届いた庭はかわいくてきれいでした。本堂の背後はツツジの山で

春色だし。



そして、高山寺へ向かいます。

  
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2005年07月26日

1998年の京都旅行 3日目 (2)



再び高雄橋を渡り北のほうへ歩きます。灌頂橋を渡ると目指す西明寺の裏参道に入れるのですが、私たちは表からはいりたかったので橋を渡らずに右に折れ川沿いを歩きます。緩やかなカ−ブを過ぎると槙ノ尾橋が見えて来ます。



この日は初夏のような天気。その陽気に誘われた人たちが河原でお弁当を広げていたり、釣りをしたり、水遊びをしたりしています。涼しそうでとってもうらやましかったです。  
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2005年07月20日

1998年の京都旅行 3日目 (1)



秋に京都を訪れることが多かった私たちですが高雄は、はじめてです。どのガイドブックをみても「紅葉がサイコ−」と書いてあるのですが人もすごいんだろうなぁと躊躇していた場所でした。人の少ないと予想される春に一度行ってみようということで高雄行きを決めました。



バスに揺られて約40分ほどで高雄へ到着しました。



高雄バス停でバスを降りると、北の方の山がピンク色になってる!山ツツジが満開でした。予想通り人は少なくて、妹と二人ニヤニヤする。



バス停から、元来た道を戻るように歩くと「高雄山神護寺」と書かれた石碑が旅館の横に見えて来ます。その碑の横の階段を下ります。  続きを読む
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2005年07月19日

1998年の京都旅行 2日目 (4)



ふたたび健脚街歩きコ−スへもどります。

平野神社から「とようけ茶屋」のほうへ向かってUタ−ンするように歩きます。

ガソリンスタンドの横を曲がって、商店街に入ると大将軍八神社があります。

ガイドブックよると「大将軍とは方位の神様のこと。各方角の守護のため都の

四方に祀れている。そのひとつのこの八神社は鬼門同様に恐れられている北西の守りを担うそうです。百数体の大将軍像が伝えられておりそのすべてで夜空の

星図を表現しているという」



商店街を歩きます。驚いた事に歩いても歩いても商店街が続いている。



ここでカメラのフイルムがなくなってしまったので近くの商店で購入。そのお店の店番のおばちゃんが京都弁で

「どこからきはったん?」

「茨城です。関東の。」

「卒業したはるの?」

「……………」

いくらなんでも卒業旅行とはサ−ビスしすぎだょぉおばちゃん~もう何年も昔に学生ではなくなりました(笑)店の外にいた妹は「何を卒業したんだよ」といって大笑いしていた。



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2005年07月17日

1998年の京都旅行について

今から7年前の1998年、結婚した翌年に、妹と京都旅行したときの旅行記のログを見つけました。それが1998年の京都旅行です。

当時、私はNIFTYのパソコン通信にはまっていて、その中の「京都フォーラム」に参加していて、そこの京都を語る会議室(掲示板)に書き込んで、レスをもらって一喜一憂したり、オフ会に参加したり(飲み会が多かったけど)していました。(当時、手動で新規発言を読み込ませていたなぁ・・・Winはすでに自動的に新規発言だけを読み込んでくれるソフトだったけど、Macは・・・)

当時、私のパソコンについてたメディアは、なんとフロッピーディスク。その後、外付けのMOをつけたけど、CDになったのは今のMacを購入してから。フロッピにとってあったデータのバックアップを旧Macから新Macへ移動させるのは、なんだかどきどきしたなぁ「1998年の京都旅行記」のファイルは同じMacなのに(OSが変わったせいか)取り込んだらところどころ文字化けもしてるし(泣)・・・それを今日、見つけて、キレイにしていて・・・つい読み込んでしまった。

今でも文章を書くのは下手だけど、当時はまだ書き慣れてなくて、自分でも「初々しい」と思ってしまった。

せっかくなので、7年前の私と妹と京都を見ていただこうと思い以前のブログで更新していた記事を編集しなおしました。文中の私が語りかけているのは、その京都フォーラムの会員さんに対してです。例えば壁紙をダウンロードした話など、読んでいて意味不明な箇所もあると思いますが、その文章が当時の私の雰囲気をうまくく漂よわせているので、書きなおさないでそのまま載せました。ご了承くださいませ。

ではどうぞ・・・
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2005年07月16日

1998年の京都旅行 3日目

今日は高雄へ行きます。天気は快晴で初夏の日射しです。

秋に京都を訪れることが多かった私たちですが高雄は、はじめてです。
どのガイドブックをみても「紅葉がサイコー」と書いてあるのですが
人もすごいんだろうなぁと躊躇していた場所でした。人の少ないと予想される春に
一度行ってみようということで高雄行きを決めました。

バスに揺られて約40分ほどで高雄へ到着しました。

高雄バス停でバスを降りると、北の方の山がピンク色になってる!
山ツツジが満開でした。予想通り人は少なくて、妹と二人ニヤニヤする。

yamatutugi.jpg

バス停から、元来た道を戻るように歩くと「高雄山神護寺」と書かれた石碑が
旅館の横に見えて来ます。その碑の横の階段を下ります。
下りながら空を見上げると、目に映る新緑が眩しいくらい鮮やかです。
まるで緑のトンネルみたいです。
緑のトンネルをどんどん下っていくとしだいに川のせせらぎの音が
聞こえてきました。人の姿はなくておしゃべりをやめてしまうと風に揺れる
木の音と川の音が聞こえてくるだけ。
秋の観光シーズンだけ営業しているらしい売店が寂し気に建って
いるし、なんだか心細くなってきたところで高雄橋に到着。
ここでハイキング姿の人たちに会い、ほっとしました。

高雄橋を渡ったら目の前に上がる階段出現。地図を広げてみると
神護寺までは、今まできた道の3倍くらいまだあります。しかも今度は
登りだ…。めげずに(いや、少しめげていたかな。)登っていくと、道の端に
ぽっんとお地蔵さまが木漏れ日をあびてたっていました。手をあわせて先に
進むと岩のてっぺんが硯のようになっているその名もズバリ「硯石」が
見えてきます。そこからの山の展望はなかなかです。ちょうど高雄バス停の
あたりが見えるのですが、私たちが感動した山ツツジの山もよく見えるんです。

この硯石を過ぎると正面に神護寺の仁王門(楼門)が石段の上に風情ある
姿を現わします。

神護寺は、和気清麿呂が天長元年(824)に河内の神願寺とこの地にあった
高雄山寺とを合併させたという古刹。大同4年(809)から14年間、唐から
帰朝したばかりの弘法大師が住持を務めた寺として有名その後、荒廃したが
平安末期に文覚上人が再興した。

私は千葉県で生まれ育ったのですが、千葉県で(関東で)
「初詣の人気ベスト3」に入るお寺に成田山新勝寺があります。
成田山新勝寺は成田不動として親しまれていますが、ここのお不動様は
天慶2(939)に将門調伏のため、京都の神護寺護摩堂にあった不動明王を
お借りしたものだそうです。お不動様は将門調伏におおいに力を発揮されたが、
「もう、京都へは帰りたくない」と、仰ってそれで仕方なく(?)新勝寺は
神護寺にお不動様が成田に留まられことをお願いして、今まで毎年その
借り代を払っているそうです。
なぜ「帰りたくない」と仰ったのでしょうか?こんなに静かでいいところ
なのに。現在の成田山新勝寺は上空をジャンボジェット機がごうごうと飛び
世界各国から来た旅人の行き交うエネルギッシュな町にあります。
もうそろそろ神護寺に帰りたくなったのでは?

和気清麿呂は臣下であり僧侶である道鏡(?ー772)が身分をわきまえず皇位に
つこうとした、皇位横領事件を未然に防いだ忠臣として明治以来
歴史教科書のなかの有名人。地方豪族の出身で故里は備前国藤野郡。
彼より先に朝廷に出仕していた姉「広虫」をたよって平城京にでました。
性格は温厚で人望が厚く、地方豪族の出身ではきわめて珍しい例だが
最終的には参議(宗相とも。大臣、納言につぐ重職)・従三位まで昇進する。

仁王門横で受け付けをして門を潜ると砂利を敷き詰めた境内が
目の前に広がります。左にきれいな門があり美しい枝垂れ桜が咲いています。
その桜の下で三脚をたてたカメラマンが写真を撮っているのですが
長時間その場所を占領しているんです。何人か撮影が終わるのを待っている
ようですが動いてくれません。少しの間動いてくれないかと交渉したのですが
無視され、けんかになるのも嫌なのであきらめてその場を去りました。

門を背に歩を進めると、五大堂と昆沙門堂が杉の木の間に見えてきます
その間を通り抜け右手の階段を上ると、正面に朱塗りの金堂が
堂々とした姿でたっています。

ひんやりする堂内は正面に本尊の薬師如来、両脇に日光、月光菩薩が
安置されています。堂内には他にも四天王と12神将が置かれていました。

金堂を後にして、右手に多宝塔を仰ぎ見ながら地蔵院へむかいます。
地蔵院までの道は林のなかの道で、大きなカエデの木が何本もあり
小さな川も流れていて山の小道といったかんじ。
桜の花びらが雪のように舞っているところもあって、静かで
気持ちが落ち着きます。
木立をふっと抜けると展望台があり、雄大な山の景色がぱーっと
広がります。眼下には清滝川の流れが見えて、谷を渡ってくる風が
気持ち良くて、素晴らしいです。
ここで「かわらけ投げ」をしました。直径5、6センチのお皿を
谷底めがけて投げるのです。自分の厄を投げることで払えるそうです。
フリスビーを投げるように投げたけど、なかなか遠くへは飛びませんでした。

あとは元来た道を戻り神護寺を後にしました。
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2005年07月15日

1998年の京都旅行 2日目 (1)



まず桜を堪能しょうと原谷へ。



ホテル近くでバスを待っていてキョロキョロ町並みを眺めていて…

「あっ!ばったり床几を発見っ」古い商家の店先に“ばったり床几”がありました。京都では“アゲ見世”というのかな?商家の店先に設けられた収納ができる縁台のことです。昼間はばったり床几をだして商品を並べて夜は壁に収納して戸にもなっちゃうという。でも…この商家なんか違和感が…。



妹「ペンキ塗っちゃっているんだよ。油じゃなくて。」

私「あっホントだ。」

さっきから感じていた違和感はこれだったのか。商家の壁板がペンキでつやつやしていたからか。つやつやしている方がキレイだけど長い年月太陽の光りや風雨にさらされた渋い壁板のほうが私は好きです。そのうちバスがやってきました。



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1998年の京都旅行 2日目 (2)



以前、この釘抜地蔵さんに来た時におばあちゃんに「ゆっくり休んでいきなさい」ってお茶をごちそうになったんです。嬉しかったです。しかも今回も声をかけていただいたのです。境内は掃き清められているし、居心地がよいし、お尻に根が生えそうでした。



「五辻の昆布」でお土産をゲット。そして「とようけ茶屋」でお昼を頂きました。この日は暑かったので冷奴御前おいしかったです。  
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1998年の京都旅行 2日目 (3)

行列は花山車あり、神輿あり、稚児行列、織り姫さんあり、オープンカーありの華やかなものでした。



若い綺麗な女の子や男の子からおじちゃん、おばちゃんまでたくさん参加されてて、皆さん近所の方なのでしょうか?「写真を撮らせて下さい」と頼むと、弓を射るポーズをとってくれるおちゃめなおじさんと妹は一緒に写真を撮りました。



平野神社の桜はもうだいぶ散っていて花吹雪のなかでの行列でした。  
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1998年の京都旅行 2日目

4月10日、昨日の雨が嘘のような晴天。

まず桜を堪能しょうと原谷へ。

ホテル近くでバスを待っていてキョロキョロ町並みを眺めていて…
「あっ!ばったり床几を発見っ」古い商家の店先に“ばったり床几”がありました。京都では“アゲ見世”というのかな?商家の店先に設けられた収納ができる縁台のことです。昼間はばったり床几をだして商品を並べて夜は壁に収納して戸にもなっちゃうという。でも…この商家なんか違和感が…。

妹「ペンキ塗っちゃっているんだよ。油じゃなくて。」
私「あっホントだ。」
さっきから感じていた違和感はこれだったのか。商家の壁板がペンキでつやつやしていたからか。つやつやしている方がキレイだけど長い年月太陽の光りや風雨にさらされた渋い壁板のほうが私は好きです。そのうちバスがやってきました。


四条大宮のバス停で学生らしきぴちぴちの若者たちがたくさん
のってきました。
「そうか、今日は平日だもんな」日常を過ごす彼等と非日常を過ごす
私たちをのせたバスは快調に走る。

わら天神で下車。ここでM1系のバスに乗り換えるのですが
そのM1系のバスが止まるバス停がない…。
京都のバス停って同じ名前のバス停がいっぱいあるのでよく迷うのですっ
乗り慣れていないから。
でもすぐに見つけることができて原谷へ。

原谷の桜の美しさについては、もう何も申すまい!というかんじです。
その美しさに姉妹そろって口を開けたまま暫しボーゼン。
枝垂れ桜のピンク色とピーカンの青空が春のコントラストを決めて
いました。が、気温は初夏のようで暑い。

hara.jpg

再び、わら天神へ。
さてここからは健脚街歩きコースとなります。
午後には平野神社のお祭を見る予定なのですが、それまでにはまだ
だいぶ時間があるので近所を散策します。

わら天神前交差点を千本通りの方に向かいます。途中、寺之内橋を渡りました。
この下を流れているのが紙屋川なのですね。私が生まれてはじめて
ダウンロードをしたのが京都フォーラムのデータライブラリに
あった「雪の紙屋川」の写真だったのです。嬉しくてデスクトップピクチャに
していたりしました。実際の紙屋川は生活の身近にある川という感じでした。

引接寺で閻魔様に挨拶をして釘抜地蔵へ。

以前、この釘抜地蔵さんに来た時におばあちゃんに「ゆっくり休んでいきなさい」ってお茶をごちそうになったんです。嬉しかったです。しかも今回も声をかけていただいたのです。境内は掃き清められているし、居心地がよいし、お尻に根が生えそうでした。

「五辻の昆布」でお土産をゲット。そして「とようけ茶屋」でお昼を頂きました。この日は暑かったので冷奴御前おいしかったです。続きを読む
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2005年07月13日

1998年の京都旅行 1日目

4月9日、出発の朝、部屋のカ-テンを開けたら雨が降っていました。天気予報をみたら京都も雨模様のようです。雨の京都も良いのですが、できれば桜を堪能したいと思っているので、この雨で桜が散ってしまわないかと心配です。そうでなくても桜の満開の時期を逃してしまっているのに。

日暮里の駅で同行の妹と合流。山手線で東京駅へ。ホ-ムで駅弁を購入して9:38分発ひかり217号に乗り込みます。クジに負けて窓側の席は妹にとられてしまいましたノ。シクシク

雨はあがる気配もなく降り続いています。
車窓からみえる静岡の茶畑も雨にうたれていす。
映画「ブラック・レイン」に登場した冷たい空気を散らすための風車も
寂し気な感じで立っていました。
1998kyo1.jpg続きを読む
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